検証対象
真上から撮影した画像を見ると、確かにほんのわずかにボールがラインにかかっていた。その幅は1.88mmだったという。
ABEMA TIMES「『1.88mm』が分けた勝負に会場は“歓声とブーイング” 三笘薫の“神業”が生み出したスーパーゴール」(2022年12月3日)
判定
「1.88mm」の根拠となった写真は完全な真上から撮影されたものではなく、正確な長さを算出することはできない。
ファクトチェック
2022年12月2日(日本時間)、男子サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会で、日本代表は強豪スペイン代表に対し逆転勝利。中でも日本の得点の直前、ピッチ外に転がり出そうになったボールに三笘薫選手が足を延ばしぎりぎりで蹴り返したシーンは、ビデオアシスタントレフェリー(VAR)の判定によりボールがわずかにラインにかかりピッチ上に残っていたことが認められ、大きな話題となった。
サッカーのルールでは、ピッチの境界を表す白いライン上にボールが少しでもかかっていればボールはピッチ内にあると見なされ、プレーが続行される(参照)。
三笘選手が試合後「1ミリかかっていればいいなと思いました」と語ったこともあり、このプレーは「1ミリの奇跡」とも呼ばれた。スポニチアネックスでは「三笘の1ミリ」を「W杯流行語大賞」とし、漫画家のやくみつる氏が「“三笘の1ミリ”はリアル1ミリ」などとコメントしている。
既成事実化される「1.88mm」説
この時三笘選手がボールを蹴った瞬間を写したAP通信のカメラマン、ペトル・ヨセク氏の写真は、決定的瞬間を「真上から」捉えた写真としてメディアなどでも広く紹介されている(下は本人のツイート)。
Twitterなどでは、この写真を基にピッチ内にボールが残っている幅を独自に検証し、「1.88mm」だったとする投稿が2日のうちに見られるようになった。
その後、上述のABEMA TIMESを始め一部メディアがこの数字を採用。三笘選手本人にもこれが伝わり「1.8ミリでもインはイン」とコメントするなど、「1mm」ないし「1.88mm」という数字は半ば既成事実のように扱われている。
写真は「真上」ではない
ボールが残っている幅を正確に導き出すためには、ラインの真上から撮られた写真を使う必要がある。しかし、この写真は厳密には「真上」から撮られていない。
ゴールを支えるポスト(柱)はちょうどライン上の位置に垂直に立っていて、幅もラインとほぼ同じだ。つまり、完全な真上や真横から見た場合、ポストやクロスバー(ゴールの枠の水平部分)はラインとぴったり重なって見えるはずである。しかし、問題の写真ではこれがわずかにずれて写っており、真上よりもやや左方向から撮られたことが分かる。
直後に撮られたゴールシーンの写真からも、撮影地点がゴールラインの完全な真上ではないことが分かる。
左にずれた向きからの写真でもボールがラインにわずかにかかって見えるということは、実際はそれ以上にボールとラインが重なる幅が大きいということだ。ボールがピッチ外に出ておらず有効だったということは変わらないが、この写真を基に「1.88mm」のような厳密な数字を算出することはできない。
FIFAが映像公開
12月3日、大会を主催する国際サッカー連盟(FIFA)が公式Twitterアカウントを通じこのシーンの動画を新たに公開。さらに、再現映像も使いながら、「利用可能な証拠に基づくと、ボールの全体がプレー外とはなっていなかった」と説明した。
この動画ではゴールポストはラインとぴったり重なっており、角度のずれがほぼ無いことが分かる。この動画も必ずしも鮮明でなく、ボールがピッチ内に残っている正確な幅を求めることはやはり難しいが、「1.88mm」よりはかなり多く数cm程度はボールがラインと重なっているように見える。
今回のW杯では、ボールがラインを割っているかどうかなどの微妙な判定の補助としてVARが用いられている。VARには会場内のカメラを使った技術に加え、ボールに埋め込まれたチップや会場内のアンテナなどを用いた技術が使用される。後者のシステムは、ボールがラインの外に出ているかどうかを「コンマ何ミリの単位で」正確に計測できるという(参照)。
いずれにせよ、実際にどれほどの幅だったかという具体的な数値はFIFAなどが公式に明らかにしたわけではなく、真上でない写真や不鮮明な動画からは正確に知ることはできない。従って、「1.88mmだった」とする記事の記述は「根拠不十分」と判定する。
(大谷友也)