検証対象

ユタ州立大学の調査では性被害者の22人に1人は、挑発的な服装が被害の一因だそうです。 ちなみに殺人だと22%は服装が原因になるそうです。 治安の悪い場所では服装に気をつけたほうが良いですね。 「服装と性犯罪の被害は絶対に関係がない」は嘘です。
(※DJ SODAさんの画像付き投稿を引用)

西村博之氏のX投稿(2023年8月22日、約3900RT。太字強調は筆者による)

判定

誤り

判定の基準について

このデータの出典は1967年にアメリカで行われた調査と考えられる。それによれば「22人に1人」「22%」は「挑発的な服装」ではなく、「被害者誘発」と呼ばれる概念に関する数値である。

ファクトチェック

2023年8月14日、韓国人アーティストのDJ SODAさんはX(旧Twitter)上で、前日の13日に出演した大阪府内の音楽イベントで観客から胸を触られる性被害に遭ったと告白。24日までに、複数の男女が警察に出頭したり、任意で事情を聴かれたりしている(参照)。

21日、DJ SODAさんは自身の服装を批判する意見に対し、「服装と性犯罪の被害は絶対に関係がない」などと投稿。これに対し、22日、匿名掲示板「2ちゃんねる」(現5ちゃんねる)の創始者である西村博之氏は、「ユタ州立大学の調査」を基に「『服装と性犯罪の被害は絶対に関係がない』は嘘です」とする投稿を行った。西村氏のこの発言は、日刊スポーツデイリースポーツの記事などでも特に検証無く紹介されている。

ファクトチェックメディアの「日本ファクトチェックセンター」(JFC)は、西村氏のこの投稿は引用元の調査内容と矛盾しているとして、「誤り」だとする記事を公開している。

「ユタ州立大調査」とは?

西村氏の投稿で参照されているのは、有料質問サービス「Google Answers」の2006年の質問と回答だ。Google Answersは、質問者が報酬を提示して質問を投稿し、Googleが認定した「リサーチャー」が回答するという方式のサービスで、2006年末にサービスを終了している

ここでは、強姦被害者の服装に関する統計はあるかという質問に対し、回答者がいくつかの資料を示して回答している。最初に挙げられているのが、西村氏が「ユタ州立大学の調査」として言及したものだ。

回答者が示したユタ州立大学のURLは現在リンク切れとなっているが、アーカイブからその内容を確認することができる。下記に関係する部分の抜粋と筆者訳を掲載する。一部のキーワード(下線)については後述するため、原文のまま訳さずに残してある。

Myth: Rape victims provoke the attach by wearing provocative clothing
・Most convicted rapists do not remember what their victims were wearing.
・Victims range in age from days old to those in their nineties, hardly provocative dressers.
・A Federal Commission on Crime of Violence Study found that only 4.4% of all reported rapes involved provocative behavior on the part of the victim. In murder cases 22% involved such behavior (as simple as a glance).

(※以下、筆者訳)
神話:強姦被害者は挑発的な服を着ることで襲撃(※訳注:原文attachはattackの誤記と思われる)を誘発している
・有罪となった強姦加害者のほとんどは被害者が何を着ていたか覚えていない。
・被害者は生後数日から90代にまで及び、挑発的な服装をしていたとは考えにくい。
A Federal Commission on Crime of Violence Studyによれば、報告された全強姦事件のうち4.4%のみが、被害者側の挑発的なbehaviorが関係していた。殺人事件では、22%にそのようなbehavior(一瞥するなどの単純なもの)が関係していた。

Utah State University SAAVI Office「RAPE AND SEXUAL ASSAULT MYTHS AND FACTS」より(アーカイブ。太字は原文ママ、下線は筆者による)

西村氏の「性被害者の22人に1人は、挑発的な服装が被害の一因」「殺人だと22%は服装が原因」という主張は上記の「behavior」(通常「振る舞い、態度」などと訳されるを「服装」として解釈したもので、「22人に1人」と「4.4%」は割合としてほぼ一致する。

しかし、少なくとも殺人事件に関しては、「一瞥する」という行為が例として挙げられていることや、「behavior」の影響が強姦より大きいとされていることから、「服装」を意味するという解釈は難しい。

「behavior」という語の解釈について西村氏は、JFCのファクトチェック記事に対する反論の中で、服装が「含まれる」と説明を若干変化させている

では、強姦事件における被害者の挑発的な「behavior」とは具体的にどんなことを指すのか。それを知るためには、データの出典をさらにさかのぼって見る必要がある。

元となる「研究」は?

前述の文章は、アメリカ・ユタ州立大学の「性暴力・反暴力情報局」(SAAVI)が発表した「強姦と性暴力についての神話と事実(RAPE AND SEXUAL ASSAULT MYTHS AND FACTS)」と題する資料の一部で、世間で広く信じられている誤った認識(=神話)を否定し事実を提示するという内容である。この資料は既にSAAVIのサイト上から削除されていて、現在は同じテーマで内容が更新された別のページが存在している。

上述の抜粋部分の内容を読むと、「behavior」に関する部分はユタ州立大が直接調査した結果ではなく、「A Federal Commission on Crime of Violence Study」なる研究を参照したものとされている。大文字で記されているが、名称の一致する委員会の存在が確認できないことから、これは「暴力犯罪に関するある連邦委員会の研究」という普通名詞を表していると考えられる。

この「ある連邦委員会の研究」に該当すると思われるのが、「暴力の原因と予防に関する国家委員会(the National Commission on the Causes & Prevention of Violence)」が1969年に発表した報告書だ。

国家委員会報告書における「被害者誘発」

「暴力の原因と予防に関する国家委員会」は、1968年にアメリカのリンドン・ジョンソン大統領(当時)の大統領令により発足した機関だ。翌年まとめられた「暴力犯罪(Crimes of Violence)」と題する報告書の中に、SAAVI資料の出典と考えられるデータがある(p.226)。

「Crimes of Violence」該当ページのスクリーンショット(HathiTrust Digital Libraryより

この表は1967年に17の都市で起きた3789件の事件を分析したもので、強姦(Forcible rape)で4.4%、殺人(Criminal homicide)で22.0%が「被害者誘発(Victim Precipitation)」に該当するという数値は、SAAVI資料における「被害者側の挑発的なbehavior」に関する記述と一致している。「被害者側の挑発的なbehavior」は、この「被害者誘発」のことを指していると考えられる。

では、ここで言う被害者誘発とはどういう概念なのか。報告書では、「(訳注:窃盗などと同様に、殺人、強盗、強姦などの)暴力犯罪においても、時に被害者が犯罪の実行に寄与することがある」として、加害者を扇動したり、通常考えられる予防策を取っていなかったりする場合、「被害者が重大な暴力犯罪に寄与し、その実行を助長すると予想し得る」(p.225)と述べられている。

その上で、殺人における被害者誘発を「後に殺人者となる者に対し、被害者が先に物理的な力を使う場合」と定義し、夫にレンガなどで複数回殴られた妻がナイフで反撃したケースなどを例に挙げている(p.225~226)。

また、強姦事件における被害者誘発は、次のように定義されている(p.228)。

When the victim agreed to sexual relations but retracted before the actual act or when she clearly invited sexual relations through language, gestures, etc., we defined the interaction as victim precipitated forcible rape.

(※以下、筆者訳)
被害者が性的関係に同意したが実際の行為の前に撤回した場合、あるいは言葉やジェスチャーなどで明確に性的関係に誘った場合、その関わりを被害者誘発による強姦と定義した。

Donald J. Mulvihill & Melvin M. Tumin(監修)、Lynn A. Curtis(副監修)「Crimes of Violence : a staff report submitted to the National Commission on the Causes & Prevention of Violence」p.228(HathiTrust Digital Libraryより

このように、被害者誘発は被害者側の行為が犯行に直接寄与する限られた場合を指し、西村氏の言う「挑発的な服装」のような間接的要因は含まれない。

SAAVIの記述も裏付けられず

一方で、SAAVI資料もまた報告書の内容と食い違いが見られる。SAAVIは殺人事件における「被害者側の挑発的なbehavior」を「一瞥するなどの単純なもの」と説明しているが、被害者誘発は上述の通りより直接的に犯行に寄与するケースを指し、視線を送るというような些細な行為はこれに該当するとは言えない。

また、「加害者のほとんどは被害者が何を着ていたか覚えていない」「被害者は生後数日から90代にまで及ぶ」といった記述は報告書には見られず、出典不明だ。

リトマスはSAAVIにメールを通じて取材し、これらの記述の出典などを質問しているが、現在までのところ返答は得られていない。進展があり次第、本稿に追記する。

被害者誘発≠被害者責任

以上のように、「ユタ州立大学の調査では性被害者の22人に1人は、挑発的な服装が被害の一因」「殺人だと22%は服装が原因」という西村氏の主張は、参照元のユタ州立大SAAVIによる資料や、さらにその出典と推測できる国家委員会の報告書の内容と異なっているため、「誤り」と判定する。しかしながら、SAAVI資料の内容も報告書と整合しない点があり、十分な根拠が見当たらないことに注意が必要だ。

さらに注意しなければいけないのが、報告書のデータの取り扱い、そして「被害者誘発」という概念の解釈だ。

このデータは半世紀以上前のアメリカにおけるもので、収集方法も詳しくは書かれていない(「Task Force Victim-Offender Survey」という調査の予備データが出典とされているが、原典は見付けることができなかった)ため、これを現代の日本の状況にそのまま当てはめることができるかは分からない。

また、「被害者誘発」という概念はしばしば「被害者側の行為が犯罪を引き起こした」という責任論に利用されているとして研究者から批判を浴びてきた。しかしながら、本来この概念は現実に起きている現象を理解するためのものであり、責任の所在を論じるものではない(参照)。データはその背景も含めてあくまで科学的に解釈し、責任論とは分けて考える必要がある。

(大谷友也)

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