検証対象

これが40年前の文章だぞ!
(※画像付き投稿)

船瀬俊介氏(ジャーナリスト)のTwitter投稿(2022年12月9日、約7400RT)

判定

誤り

判定の基準について

記載されている文章はジャック・アタリ氏の著作『Verbatim I 1981-1986』 のどこにも書かれておらず、創作・改変されたものである。

ファクトチェック

ジャック・アタリ氏は1943年生まれのフランスの経済学者・思想家で、ミッテラン大統領(当時)の顧問や、欧州復興開発銀行の初代総裁を務めるなど、政財界にも影響力を持つ人物である。

投稿された画像には、アタリ氏の著書『Verbatim I 1981-1986』(日本語未訳)の書影と、同書からの引用文とされる文章が書かれている。その内容は、現在の新型コロナウイルスによるパンデミックを予見したかのようなもので、「人口削減」のためにパンデミックなどの事件を故意に起こし、「自然淘汰」を促すといったことが書かれている。

本の内容は

『Verbatim I 1981-1986』は、1993年にフランスで出版された書籍。「Verbatim」は「逐語的、一字一句」を意味する単語で、本の内容としては、アタリ氏が1981年から書き綴った手記をまとめたものだ。

本書は900ページを超える大著だが、Internet Archiveが運営するOpen Libraryで内容を閲覧することができる。いくつかの特徴的な単語(「réduire la population(人口削減)」「pandémie(パンデミック)」「abbatoir(屠殺場)」)を検索したが、いずれも該当する箇所は検出されず、問題の文章を見つけることはできなかった。

別の本からの引用?

実は、これに酷似した英語やフランス語の文章は、過去に複数の海外メディアが検証している。

AFP通信の2021年の記事によれば、インタビュー本に記されたアタリ氏の発言という体裁で、以下のような虚偽の文章が出回っているという。

(※筆者訳)
将来的には、人口を減らす方法を見つける必要があるだろう。
まずは高齢者から始める。60〜65歳を超えると、人間は自分で生産する以上に長く生きることになり、社会にとって高くつくようになるからだ。
そして弱者、次に社会に何の貢献もしない役立たず。彼らはどんどん増えていくからだ。最終的には、愚か者たち。
これらのグループをターゲットにした安楽死。安楽死は、どんな形をとる場合も私たちの未来の社会の基本的な手段のひとつになるだろう。
もちろん、人を処刑したり、収容所を設置したりすることはできない。それが彼ら自身のためだと信じ込ませることで、彼らを排除するのだ。
人が多すぎて、しかもほとんど役に立たないというのは、経済的に考えてコストが高すぎる。
社会の観点からしても、人間機械は徐々にだめになってゆくより、突然止まってしまう方がはるかにいい。
何百万人、何千万人という人々の知能をテストするなんてことも不可能なのはお察しの通りだ。
私たちは何かを見つけるか、引き起こすつもりだ。特定の人々を対象としたパンデミック、本当もしくは嘘の経済的危機、老人や肥満の人間に影響を与えるウイルス、方法が何かは問題ではない、弱者は屈し、恐れる者と愚か者はそれを信じ、何とかして欲しいと頼み込むだろう。
愚か者の選別は彼ら自身が行う。彼らは自ら屠殺場へ行くのだ。
[L’avenir de la vie – ジャック・アタリ、1981年]
ミシェル・サロモンとのインタビュー、Les Visages de l’avenirコレクション、セガーズ版。

L’avenir de la vie』(邦訳タイトル『フューチャー・ライフ』みすず書房)は、ジャーナリストのミッシェル・サロモン氏による1981年の著書。医学を始め物理学や経済学など様々な分野の専門家にインタビューを行い、医療や人類の未来について幅広い視点から論じている。このうちの一章に、アタリ氏との対談もある。

しかし、実際には本書中にこのような記述は存在せず、AFP通信によればアタリ氏自身も「完全なでっち上げ」と否定しているという。

記事では、『L’avenir de la vie』の出版後の1984年にアタリ氏が、「高齢者の大量虐殺」を提唱していると自身を非難した人物らを名誉棄損で訴え、勝訴したことも紹介されている。

同様の検証記事が他の媒体(AFP通信英語版Newtralなど)からも出されており、様々な言語圏で同じような内容が出回っていることが分かる。

安楽死にまつわる文章を改変

L’avenir de la vie』には、この文章の基となったと思われる安楽死に関する記述が存在し、部分的に一致する文言も見られる。邦訳版(『フューチャー・ライフ』)より実際に見てみよう。

サロモン 一二〇歳まで生きることは可能でしょうか、また望ましいことでしょうか?

アタリ 医学的にはどうか全然分かりません。いつもそれは可能だと聞いてます。それは望ましいことだろうか? いくつかに分けて答えましょう。まず、私たちが存在している産業システムの論理そのものの中では、寿命を延ばすことは権力の論理に歓迎される目標ではなくなったと思います。なぜかといえば、労働の面では人間機械の最大限の収益性に到達するために寿命を延ばすという限りではそれは申し分なかった。
 しかし、六〇歳~六五歳を過ぎると、人間は自分で生産する以上に長く生きることになり、社会にとって高くつくようになる。
 ここから、産業社会の論理そのものにおいて、目標はすでに寿命を延ばすことではなくなってゆき、ある定まった寿命の枠内で人間ができる限り適切に生き、これによって、社会に対する負担の面で健康を維持する費用を最小限に切り詰めることになってゆくと思います。そこで寿命についての新しい基準がでてくる。それは保険制度の価値基準で、寿命の延長ではなく、病気でない年数、とくに入院していない年数に依拠している。実際社会の観点からすれば、人間機械は徐々にだめになってゆくより、突然止まってしまう方がはるかによいことになる。

フューチャー・ライフ』(ミッシェル・サロモン編、辻由美訳、みすず書房、1985年)p.249~250より

ここからアタリ氏は、現在の産業構造の中では老人の寿命をさらに延ばすことは歓迎されないとした上で、寿命の延長というのは権力の座にある年老いた人たちが目指す目標であるか、もしくは退職年金制度を例に挙げ、老人が消費者となって「支払能力」を持つという条件であれば「資本主義社会にとって」受け入れ可能だと分析している。

(※引用注:アタリ) 私自身としては、社会主義者として、寿命の延長には客観的に反対です。それは欺瞞であり、間違った問題提起だからです。この種の問題を提起することは、現在の生活において現実に生きる時間を解放するというようなより基本的な問題を避けることになると思います。もし二〇年の独裁政治を獲得することだとすれば、一〇〇歳まで生きて何になるでしょうか?

サロモン 「自由な」あるいは「社会主義的な」将来の世界は「生物学上の」モラルたとえばクローニングや安楽死に関する倫理をもつ必要があるでしょう。

アタリ 安楽死は、どんな形をとる場合も私たちの未来の社会の基本的な手段のひとつになるだろう。まず、社会主義的な論理においては、問題はつぎのように立てられる。社会主義的な論理とは自由であり、そして基本的な自由は自殺だ。したがって、直接的、あるいは間接的な自殺の権利はこのタイプの社会においては絶対的な価値です。資本主義社会においては、生があまりにも耐えがたいものであったり、あまりにも経済的に高くつく場合、生命を絶つ機械や生を除去するための人口器官が現われ、日常的に使われるようになるだろう。だから、安楽死は、自由の価値としてであれ、ひとつの商品としてであれ、未来の社会の規範のひとつになると思います。

同書p.250~p.251より

アタリ氏は、寿命の延長には明確に反対と述べており、そもそも老人をコスト高と見なすような社会で寿命の延長の議論を行うこと自体が間違っているとの立場を明らかにしている。一方で、安楽死の質問に対しては、社会主義にとっては自殺の自由を守るための手段として、資本主義社会においては経済的なニーズに応える商品として、どちらにしても基本的な手段となるだろう、との分析に留まり、自分の主義主張については明言していないように見える。

いずれにせよ、社会にとってコスト高となる老人を減らすために安楽死を推進しよう、という主張は行っておらず、AFP通信による検証の通り、流布している文章はアタリ氏の主張を曲解させるものだということが分かる。

なお、ウイルスやパンデミックといった内容にかかわる記述は見つけることができなかった。

仏紙Liberationによる2018年の記事では、これらの記述を恣意的に抜き出し、あたかもアタリ氏が高齢者の安楽死を推進しているかのように改変した文章が検証されている。今回検証対象とした「人口削減」の文章では、ここに更にウイルスやパンデミックにまつわる文言(※原文に全く存在しない)を加えて作られていることが分かる。

Liberationで検証されたコラージュ画像

リトマスでは、今回検証対象とした日本語版のツイートの投稿者である船瀬俊介氏に文章の出典を尋ねる取材文を送っているが、本稿執筆時までに返答は無かった。返答があり次第本稿に追記する。

投稿された文章は『Verbatim I 1981-1986』には書かれておらず、ジャック・アタリ氏が同様の発言をしたとの情報も見当たらないため、「誤り」であるとした。

(鳥居大嗣、大谷友也)

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