検証対象

今年の4月から高血圧の基準値が160/100mmHgに変更になったって知ってました? 母親が知り合いに聞いてビックリしたらしい。 それまでは140/90mmHg以上で降圧剤の対象になってたから、この変更は大きい。 大きなニュースだと思いますけど、あまり報道されなかったですよね。なんだかなあという感じ

一般ユーザーのX投稿(2024年5月25日、約3400リポスト)

判定

誤り

判定の基準について

高血圧の診断や降圧薬使用の基準が2024年4月から変更されたという事実は無い。

ファクトチェック

血圧は通常「収縮期血圧(上の血圧)/拡張期血圧(下の血圧)」の組み合わせで測定され、これが一定の値以上になると高血圧と診断される(参照)。検証対象の投稿では、2024年4月から「高血圧の基準値が160/100mmHgに変更になった」「それまでは140/90mmHg以上で降圧剤の対象になってた」と主張している。

高血圧の診断基準→変更無し

日本で標準的に高血圧診断・治療の指針として使われている2019年版高血圧治療ガイドライン」(日本高血圧学会発行)で高血圧の基準について確認する。高血圧治療ガイドラインでは「わが国を含めた世界のほとんどのガイドラインにおいて,診察室血圧140/90mmHg以上を高血圧とすることは共通である」として、成人において診察室血圧(病院で測る血圧)140/90mmHg以上がI度高血圧、160/100mmHg以上がII度高血圧、180/110mmHg以上がIII度高血圧などと分類している(p.17~18(PDF上のページ番号は39~40))。

さらに、降圧薬を含む薬物療法については、初診時の血圧が140/90mmHg以上だった場合、あるいは130~139/80~89mmHgでも年齢や他の疾患などにより高リスクと判定される場合が対象になることが記載されている(p.51~52(PDF上のページ番号は73~74))。

この「高血圧治療ガイドライン」は2019年版が現行の最新版であり、2024年4月に改訂されたという事実はない。つまり、医療機関における高血圧の診断や降圧薬使用の基準は以前から一貫して「140/90mmHg以上」が基本であり、変更されていない。

健診での判定基準→変更無し

検証対象の投稿者は後に投稿について、「これは健康診断などで、高血圧治療を推奨する基準値であり(重症化予防事業の基準値)、医師の診断基準ではないとのこと」と補足している。

投稿者による補足

健康診断(健診)での基準は本当に変更されたのか、検証してみよう。

厚労省は特定健診・特定保健指導に関わる人たちが理解しておくべき基本的な考え方等を示した「標準的な健診・保健指導プログラム」(以下「厚労省プログラム」)を作成している。厚労省プログラムでは、上記の「高血圧治療ガイドライン」を基に、保健指導や医療機関の受診勧奨を行うべき血圧の判定基準を示している。

これによれば、健診における血圧の「受診勧奨判定値」は140/90mmHg以上(収縮期・拡張期どちらかが当てはまれば該当。以下すべて同様)であり、これを超えた場合、医療機関の受診を勧めるフィードバックが行われる。フィードバックは収縮期140/90mmHg以上160/100mmHg未満の場合「生活習慣を改善する努力をしたうえで、数値が改善しないなら医療機関の受診を」という内容、160/100mmHg以上の場合は「すぐに医療機関の受診を」という内容になる(厚労省プログラムp.125~126(PDF上のページ番号は130~131))。

これに加えて特定健診(いわゆるメタボ健診)の場合は、「保健指導判定値」の130/85mmHg以上を判定の基準の一つとして特定保健指導が行われる(厚労省プログラムp.57~59(PDF上のページ番号は62~64))。

厚労省プログラムは2024年4月に平成30年度(2018年度)版から令和6年度(2024年度)版へ更新されたが、受診勧奨判定値(140/90mmHg以上)・保健指導判定値(130/85mmHg以上)ともに変更は無い(平成30年度版p.2-70(PDF上のページ番号は122)、令和6年度版p.128(PDF上ページの番号は133))。

日本高血圧学会が2024年5月に発表した文書でも、特定健診における受診勧奨判定値が変わったという誤解が広まっているとして、厚労省プログラムの判定値が変更されていないことが説明されている。

以上のように、2024年4月から高血圧の診断や降圧薬使用の基準値が変更された事実は無く、健診で受診勧奨を行う基準値も変更されていないことから、検証対象の投稿は「誤り」と判定する。

医療機関の解説も混乱

検証対象と同様の「2024年4月から高血圧の基準が変わる(変わった)」という主張は、オンライン上には2024年3月頃から現れ始めていることが確認できる。

2024年3月のX投稿

さらに、こうした主張を誤りだとする医療従事者による反論も複数見つかるが、その反論内容は主に2つの種類に分かれている。

一つは「厚労省の受診勧奨基準が変わった」というものである。東京都内のあるクリニックのブログ投稿では、「実際には高血圧症の診断基準は収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧90mmHg以上と全く変わっていません」とした上で、「特定健診の第4期(令和6年度から)用いられている血圧受診勧奨判定値が、変更になったことから、高血圧の診断基準も変更になったという誤った報道がされている」と説明し、厚労省プログラムの受診勧奨判定値が参照されている。

だが、上で検証した通り厚労省プログラムに記された受診勧奨判定値は変わっておらず、この説明は正しくない。

もう一つは「全国健康保険協会(協会けんぽ)の受診勧奨判基準が変わった」という主張だ。茨城県内のあるクリニックのブログ投稿では、「高血圧症という病気の診断基準は全く変わっていません」と述べ、協会けんぽが「従来から行っていた『未治療者の方への受診勧奨(重症化予防事業)』の勧奨基準が、『収縮期:140mmHg以上/拡張期:90mmHg以上』Ⅰ度高血圧の基準から、2024年(令和6年)4月から『収縮期:160以上/拡張期:100以上』II度高血圧の基準に変更になった」と書かれている。

しかし、この説明もまた正しくない。全国健康保険協会(協会けんぽ)が重症化予防事業として行っている受診勧奨では、血圧の基準は一次案内が160/100mmHg以上、二次案内が180/110mmHg以上(または160~179/100~109mmHgでも血糖か脂質が一定以上の場合)となっている(参考)。Webアーカイブ上で過去の基準値と比較すると、「一次案内160/100mmHg以上、二次案内180/110mmHg以上」という部分は変わっていないことが分かる(二次案内の160~179/100~109mmHgは2022年から新設)。この受診勧奨は血圧については、健診で「すぐに医療機関の受診を」とフィードバックを受ける判定に該当したがその後も医療機関で受診していない人に対して行われている。

医療機関が発信している情報であっても時には間違いが含まれていることがあるため、注意が必要だ。

(高倉佳子、大谷友也)

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